『楽しかったよ。』


白い部屋の真ん中に置かれたパイプベッド。
そこから伸びる腕は、ベッドに敷かれたシーツよりも白く細い。
部屋の窓からは、ハラハラと散る桜吹雪が良く見えていて、それが観たいと、ベッドの主の強い希望でこの部屋に入った。
ベッドの主、彼は近づく俺に気付くと、左側の口角を上げて俺を見る。
鋭く、冷たい、けれどもその奥底に熱を含んだ眼差し。
出会いの頃からそうだった気がする。
彼は、口数こそ少ない男だが、いつも俺の部屋に居て、一緒にバンドをやるようになって、はじめて彼の奥底には、こんなに熱いものがあるのだと悟った。

『ねぇ…皆、どうしてる?』

左側の口角を上げ、ハラハラと散る桜吹雪を見つめたままの問いかけに、

『元気にやってるんじゃない?』

と、小声で答える。
此処には俺以外は来るなと言ったのはアンタじゃない。
そんな事が脳裏をよぎって、ふと顔が綻んでしまう。
この部屋に入ることが決まったとき、スタッフはもとより、長年寝食を共にしたメンバーでさえ出入り禁止にしてしまった。
何故、俺は良いのか、その疑問に『お前は良いんだよ。』と俯いたままぽそりと呟いた声が、いつになく弱気だったせいで、俺は三日とあけずにこの白い部屋へ通ってきている。

『気になるなら、あいつらにも来て貰えば良いじゃない?』

言うが早いか、彼はベッドから手を伸ばし、俺の腕を掴むとフルフルと枕の上の頭を振って提案を拒否してきた。
俺を掴んだ腕は点滴に繋がっていて、過去の点滴による青とも紫ともつかない痣が出来ていて、 掴まれた腕とは反対の腕を伸ばし痣に触れてみると、彼は気持ち良さそうに目を閉じた。

『どうもありがとう。また来年会いましょう。』

彼がステージでそう言ってから、もうかなりの時間が経っている。
製作途中だったアルバムは、残すところ彼の歌入れだけとなっている。
度々此処を訪れる俺は、新曲を口ずさむ彼の姿を見られる特権を得ていて、『録音機材持ち込むか?』なんて茶化したりもした。

ある日、いつものように部屋を訪れると、彼の歌声が聴こえてきて、俺はその邪魔をしないように扉の隙間に体を滑り込ませ、入り口に立ったまま声をかけるタイミングを待っていた。
程なくしてそれはやって来て、俺は彼の居る場所まで歩み寄りながら声をかけた。
しかし、返事はない。もう一度声をかける。だが返事はない。
その代わりに返ってきたものは、微かな嗚咽だった。
居ても立ってもいられなかった。そうしたい衝動にかられる前に俺は小走りに彼に近付き、後ろから抱き締めた。
『…久しぶりだな。』

驚く事も嫌がることもせず、彼は俺にもたれ掛かり目を閉じる。
昔、PV撮影で彼を後ろから抱き締めたことがあった。
その時は、お互い恥ずかしさが先に立ち、なんどもNGを出してしまったが、今、俺の肩口にもたれ掛かる彼と俺には、何の違和感も無かった。
ただ、互いの体の熱を伝え合う、それだけだった。

『なぁ…覚えてる?お前の部屋で過ごした時間。』

『まぁ、忘れないわな、フツー。』

『楽しかったなあ…。』

『だな。』

『今は…二人きりだね…。』

『だな。』



それから彼は目覚める事を止めた。
生命維持装置に繋がれた彼は、ただ、そこに横たわり、俺の呼び掛けにも応じてはくれない。
彼の血縁による生命維持の断念が決まった夜、俺はただそこに佇んでいた。
一つ一つの器具が彼の体から外されていき、最後に呼吸を助ける器具が外された。
それでも心臓が動いていて、ピッピッピッと規則正しい機械音が聴こえてきている。
1人、また1人とそこに居続けることが出来なくなった人達が白い部屋を去り、静かな白い空間には、彼と俺だけが残った。
俺はベッドへ近づくと、彼の横に自分の体を横たえ、彼の頭を持ち上げ自分の腕を滑り入れた。

『アンタが居て楽しかったよ。』

彼の頬に触れる。指先でそっと撫でる。
そして、その口唇に自分の口唇を押し当てる。
微かに彼のそれが動く。
左側の口角を上げて、彼は微笑んだ。
最後の櫻が風に舞った。

心臓の音は、もう聴こえてこない。




×END×



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★後書き★

久しぶりに書いてみました。
ほんと、文才が無いんですが、お付き合い頂き有難う。

2010/4/28





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